真夏の休憩

 しまった、サングラスを忘れた。あまりの日差しに目を細めながら、小さく舌打ちをする。しかし煙草を吸いにわざわざ階段を使ってここまで来たのだから、引き返す訳にもいかない。今朝と、これほど気温が変化しているとは思いもしなかった。そうえいば、先ほど聞き込みから戻ってきた名前が“もう外には出たくない!”と嘆いていた。それを軽く流して聞いていた罰だろうか、俺は照り付ける太陽を睨みながら煙草を一本抜き取った。

「あっ!やっぱり居ました!」

 屋上へと続く階段を、軽快な音を立てながら駆け上がって来る者はそういない。ドアが開かれる前にその人物に見当はついていたが、あまりの楽し気な声色に視線を向けずにはいられなかった。

「うう、あっつぃ……よくこんなに所に居られますね」
「昼休憩なんだ。好きに過ごして構わんだろう?」
「でも冷房の効いた喫煙室も、ちゃんとあるじゃないですか?」
「あそこでは落ち着かんよ」

 解せないと、首を左右に振る名前を横目に煙草をケースにしまう。

「それで?事件か?」
「あっ、いえ全然!ただ……」

 珍しく口籠る彼女の思考を推理してみるも、それは到底当たることがないのだから早い段階で諦める。先ほどの口ぶりからして、こちらに要件があるのは明らかだが仕事と関係の無い話なら急かす必要もない。軽く首を傾げながら言葉の続き待っていると、名前の瞳が少女のように輝いた。

「赤井さん!」
「ん?」
「アイスっ、食べたくないですか?!」

 その瞳には、もちろん食べたいですよね!という強い意志が込められている。まったく、困ったものだった。

「……君が食べたいんだろう?」
「でも赤井さんだって、暑い中こうして一服していたんですから食べたいですよねっ?実は下にアイスクリームトラックが来ているみたいなんですよー!」
「……それが食べたかったんだな」
「いや、ただ赤井さんにも教えてあげようと思いまして!」

 ニコニコと弾んだ笑顔を向けながら、彼女の細い腕が伸びてくる。

「ねっ?ほら、行きましょー!」

 ちらりと時計を見れば昼休憩も終わりが近いが、午後も大量のペーパーワークが待っているだけ。急ぎの要件もないのなら構わないだろう。「負けたよ」と言うように名前の背中をそっと押してやると、彼女は小さくガッツポーズをして階段を下りていく。

「赤井さんは何にします?私は、どうしようかなー。今はストロベリーの気分ですけど、でも夏っぽいパインとかもいいですよね!」
「名前、階段は気をつけ、」
「大丈夫です!手すり持ってますから!」

 階段を降りながら、顔をこちらへ向けてくるものだから困る。この後踏み外す未来が透けて見え、彼女の横へと急いだ。アイスごときでこれほど浮かれているのは彼女くらいだろう。好きなだけ買ってくれと、思う気持ちは親心にも似たものなのだろうか。

「じゃあ、ジャンケンで“勝った方”が二人分買うっていうのはどうですか?」
「……そういうのは大抵、負けた方が買うものなんじゃないのか?」
「でも、こっちの方が気持ちいいじゃないですか!せっかくのアイスですし!」

 何がどう“せっかく”なのかは理解出来なかったが、自然とその勝負に勝とうとしていた。

「受けて立つよ」

 そう言うと、名前が白い歯を見せて笑う。その笑顔が、いつまでも脳裏に焼き付いていた。